CHAPTER.2

"To HIROHITO・・・"

店がオープンして一年くらいたったころ、友人の紹介である古着屋の倉庫へ行った。店頭に安価な古着を少し置いてみようと思ったからだ。そこは日本人の奥さんを持つアメリカ人が経営する古着の卸し会社で、そのアメリカ人オーナーは、日本の倉庫とアメリカとの間を年に何度も行き来しているという。

ぼくは訪れたその倉庫でオーナーと話をした。彼の片言の日本語とぼくの片言の英語で会話が進んだ。年齢が近かったのと、好みの音楽が同じだったせいで、ぼくたちはお互いに仲良く話ができた。彼はぼくと会ったあとすぐにアメリカへ戻るため、挨拶と一通りの説明がすむと倉庫番の日本人スタッフに後を任せ、帰国準備の為に先に自宅へ帰って行った。

彼が帰った後、長い時間をかけてぼくは倉庫中をかき回し、サンプルを一点買って帰ることにした。レジの前に立ちふと横を見上げると、壁の高い位置に額装された古い英字新聞が飾ってある。その内容にぼくは驚きのあまり自分の目を疑った。

 

黒と赤を使った2色刷りのその新聞は、ほとんど全面がイラストで、大きな、そして自信に満ちた太い書体で“To HIROHITO・・・・Special Air Mail”とキャッチコピーが印刷されていた。『昭和天皇へ・・・・特別なエア・メール』‥‥そしてイラストはアメリカの爆撃機のパイロットが、ほほえみながら日の丸はためく日本本土に爆弾を落としているというものだった。

ぼくには信じられなかった。さっきまで日本人のぼくに対してあんなに親し気に話をしていたアメリカ人が、昔のこととはいえ日本を空爆しているポスターを飾っている。日本で商売をし、日本人客を迎える場所に堂々と、しかも額にまで入れて飾っているんだ。ぼくは頭に来るのと同時に、そんなアメリカ人に底知れない恐ろしさを感じた。まるで外国のハンターがしとめた鹿の頭をはく製にして誇らし気に壁に飾るように、ぼくたち日本人が飾られている。そんな風に思えていたたまれなくなったんだ。

『どういうことだ!説明しろ!』倉庫番を怒鳴りつけると、本人も今まで気がつかなかったらしく動揺している。『じゃあオーナーに説明をさせろ!でないと今後のつきあいはない!』。ぼくは詰め寄ったが、帰ってしまい無理だという。それでは取り引きなんてできるわけがない。ぼくは怒りと屈辱と無力感で胸がいっぱいのまま店を出た。

その晩の心境は穏やかではなかった。ぼくはアメリカ人の野蛮さに腹わたが煮えくりかえり、なんとしても仕返しをしてやりたいと暴力的な衝動にかられた。どんな形にしろ、残酷なアメリカ人に制裁を与えてやりたい。真剣だった。

 

圧力をかけるか?社会に働きかけて運動をあおり、日本から追い出すか?しかしそれでアメリカ人は反省するのか?アメリカの日本観は変わるのか?もっともらしいフリだけ見せて、今まで通り影で笑うんじゃないのか?本当に日本人の未来に有効な手なのか?何も変わらないんじゃないか?

やはり暴力なのか?はたして過去にテロリズムが世の中の問題を解決したことがあったか?テロはテロを生み、行き着く先は戦争だ。アメリカと戦争をするのか?日本は勝てるのか?プライドのために死ぬのか?それで満足なのか?それが望みか?本当に日本の未来のためなのか?

●●●● CHAPTER.3へ